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第201話 母の居場所を知る人

Penulis: 花柳響
last update Tanggal publikasi: 2026-09-13 06:00:30

 九条本邸の門を出るまで、誰もほとんど口を開かなかった。

 膝に置いたバッグが傾いた。持ち直そうとしても、指に余計な力が入った。

 車のドアが閉まる音が、やけに近く聞こえた。外の空気は冷たいはずなのに、掌の内側だけが熱い。バッグの持ち手を握りすぎて、指の関節が少し痛んでいた。

 本人が答えられる状態でもない。

 康生の言葉が、耳の奥に残っている。

 葛城が知っていたのは、数年前までの所在だった。療養施設にいるという情報も、まだ確かめられていない。

 けれど康生は、今の葵さんの状態を知っているように言った。

 本人が答えられないのか。あの人が、答えさせたくないのか。

 康隆さんの震えた手を思い出す。二人は、どこまで同じことを知っているのだろう。

「朝霧さん」

 隣から、律が声をかけた。

「……大丈夫です。続けてください」

 言い切ると、ページをめくる音だけが残った。誰もすぐには次を口にしない。

「呼吸が浅いです」

 
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     その返事で、やっとわずかに背筋が伸びた。 車は次の信号を曲がり、大通りへ出た。 榊邸へ戻るより先に、高瀬さんから連絡が入った。 車載の通話システムではなく、相良さんの端末に着信が入る。相良さんは短く確認し、後部座席へ向けて画面を見せた。 葛城静司。 その名前を見るだけで、胃の奥が少し冷える。 律が私を見た。「出ますか」「出ます」 私は一度だけ頷いた。 相良さんが通話を高瀬さん経由の会議回線に切り替えた。録音の確認が入り、葛城も同意した。数秒の確認を待つ間、私はシートに背を預けた。以前なら焦れたはずなのに、今日はそのまま待てた。『九条本邸へ行かれたそうですね』 葛城の声は、いつもと同じく穏やかだった。 穏やかすぎる。「見てたんですか」『いいえ。九条康生が、慌ただしく動き始めました』 それを見ていた、という意味では同じだと思った。 私は窓の外へ視線を戻す。「九条葵さんの、今の居場所は分かったんですか」 前に聞いた、数年前の話を繰り返すつもりはなかった。 回線の向こうで、紙をめくる音がした。『以前お伝えした所在から、記録を追っています』「今は」『確認中です』「便利な言葉ですね」 刺々しくなった。 それでも、葛城は怒らなかった。『あなたにそう言われるのは、仕方がありません』「仕方がないで済ませないでください」 声が少し上がった。 律は止めない。 葛城は数秒黙った。『青嶺療養院という施設があります』 知らない名前だった。 けれど、相良さんの手が前席で止まる。律も、その名に反応した。『表向きは長期療養とリハビリを扱う私設の医療施設です。経営母体は何度か変わっていますが、現在の運営会社の主要取引先に、KMSメディカルサポートが入っている』「KMS」 以前、画面の中で見た名前が戻ってくる。 律が、短く息を逃がした。

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